第55話.スター・ナビゲーション
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「梶さんにオレの車を運転してもらって、隣に乗って帰るから大丈夫」
「普通に代行呼べば良いだろ?」
「オレの車、人見知り激しくて急に喋る時あるし」
「はあ?」
一気にビールを煽る桜海。
「椿瑠さんって、東睡の前任管理者で、國村さんの育ての親の? 三代目ってどういう事? 代表と何か関係があるの?」
畳み掛ける桜海に答えようとする美鳥を制止する着物の男性。
「テーブルに来る?」
美鳥の言葉で立ち上がる桜海。美鳥と梶の間の広く空いた席を案内されて、握っていたグラスを卓に置く。
「梶さんの隣」と糸施が話す。
「時計回りに『連繋』の印章が永尚さん。
『干渉』の印章が縁さん。
『再生』の印章が元舟さん。
『倒錯』の印章が道賢さん。
『誘発』の印章が進さん。
『干渉』の印章が明珠さん。
『観測』の印章を持っているのが美鳥ちゃん」
和装、洋装と各々で統一感のない服装。個人の顔。通常は見えない『印章』と呼ばれる背後にある円。確認する桜海は、最後に狼の着ぐるみパジャマを着た美鳥と目が合う。美鳥はまたビールを飲み始める。
「直ぐに覚えなくて良いよ」云う美鳥に「覚えた」と返し、
「朔 桜海です」と皆に名乗る。
「全員『中央』の登録者?」
桜海は梶を向いて訊ねる。「何度か話したけど」と前置きをする梶。
「オレは印章を特殊能力とは考えていない訳。
ただし興味はある。
でさ。オレは『印章』と長年向き合っている人達に目が行った」
「此処に居る人達は、梶さんが珍しく人付き合いしてるってこと?」
「美鳥以外はね」
桜海は、梶の一瞬うんざりした表情を見た後、今度は美鳥の顔をじっと眺める。
「梶さんと美鳥さんって仲悪い?」
「だから! 何回も謝ってるじゃん!」
騒ぐ美鳥と分かりやすく溜め息を吐く梶。美鳥を宥める深紫の羽織に薄鼠色の着物姿の、明珠と名乗る男性。
「美鳥の身元は私が保証します。桜海さん。東睡と四代目のツルさんの話でしたね」
真剣に訊く桜海と、対象的に膝を立て崩した姿勢で黙る梶。
「明治から戦前。東京の寺で秘密理に『於菟と印章の研究』がなされていました。会の名前を東睡と呼び、優秀な研究生には鳥の名を与えていました。椿瑠さんは其処の出身です」
明珠の後に、竜胆色の着物の尼僧、縁も話を続ける。
「東睡は、於菟の唯一の著作『干支の書』を持たず、全国を回っては於菟と印章に関する情報を集めていた小さな集団。
梶さんの云う様に『於菟』が集団名であったのなら『東睡』もまた知らずに同じ道を繰り返したのでしょう。
しかし『東睡の資料』は関東大震災と空襲で二度失われた。
禍の一端。バタフライ・エフェクトの蝶の羽ばたきを起こしたのは『アダムとイブ』と突き止めると彼等は自決しました」
「え?」
再び、梶の方を向く桜海。
「梶さん。昨日、怜莉が居る時に『アダムとイブ』の話をしようって云ってたよね? そのアダムとイブ?」
「桜海も怜莉も。大事な話だから、しっかり聞いてほしい」
そういうと梶は何処か遠くを見つめたまま。辺りも人も空気ごと静まり、窓際から一瞬で空間が冷えていく。
「印章は影響力の大きい人間の背後に現れる。
これだけ聞けば、此処に居る人間は多くの人間に多くの影響を与えてきたと捉えられるかもしれない」
ふいに床が軋む音が響いて、部屋の内側に届き、沈み込む。
「違うんだ。影響は与えた方ではなく、与えられた方が
歴史を作る」
「……怜莉、居ないけど」
「居るよ」
桜海が振り返ると、和室入り口にスーツを着た怜莉が立っている。ポニーテールに結んだ長い黒髪に一度、手をやる怜莉。
「浅雨さん」
誰かが怜莉の更に後ろの人物に声を掛ける。喪服を着た高齢の男性は怜莉よりも先に部屋に入る。
「修治が来られなかったのは残念だが、あいつにしか出来ない役割もあるだろう」
そう云うと桜海と梶の後ろに腰を下ろす。糸施は怜莉を部屋に通し、桜海の隣の席を用意する。
「え? 怜莉まで来たの?」「……うん」
二人は顔を合わせる。
「梶も誰も、相変わらず馬鹿と云うか、鈍感だが、彼女が優秀で良かったな」
深い溜め息を吐く梶。座り掛けて立ち止まる怜莉と、困惑している桜海。
「えっと! 待って! 話が全然分からなくなってきたんだけど!? え!? 梶さんの彼女? 誰?」
美鳥を見る桜海に、首を勢いよく横に振る美鳥。怜莉が座り終えると、全員は一番後ろ、卓より下がって座っている浅雨と糸施の老夫婦を見る。
「彼女は『鵲橋』を作り、梶に遺した。
天の川に掛かる橋。
未来と過去、ありとあらゆる空間、人と、世の全てを繋ぐ袂、入り口の片方は此方の次元に。渡りきった先は開かずの間の内に。
其処は我々が生きて見る事はない幾つも上の次元。宇宙だ」
「桜海と怜莉には俺から話す」
二人の正面にいる作務衣を着た道賢はグラスを僅かに傾ける。
「本当は修治が一番詳しいだろうし、直接訊いた梶が云うべきだろうが、荷が重いだろ?」
問われて俯く梶は「ごめん」と誰に向けるでもない一言を呟く。
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