第51話.キラキラ光るコウモリさん


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「今、百音と、ママ友の福袋レビューのブログ見ていました」


 空港デッキの壁際。ケータイ越しに千景の話に耳を傾ける梶。


「去年の福袋は120から160のサイズ展開。キャラクターを全面に出した< カラフル >と高学年や男児も着やすい< シンプル >の2バージョン。


 怜莉の彼女が着ていたパーカーは< シンプル >の物です。それから」


「まだあるの?」


「キッズチャンネル経由での購入特典も持ってました」


 真横に立って、話を訊いている國村にちらっと顔を向ける梶。続けて、二、三言会話を交わすと電話を切る。


「えっと、桜海基準で11歳下の可能性もあるんだよね?」


「とすれば11歳ですが……」


「其処まで下の予想はしてなかった訳?」


 右腕を持ち上げて、秒針が回る文字盤に目をやる國村。ライトグレーのスーツに茶色のネクタイ姿。グレンチェックのスーツを着ている梶。


「どうでも良かったのですよ。怜莉くんがどんな形で巻き込まれようとも。桜海くんさえ守れれば」


 腕を降ろす國村。フェンス傍に低速移動する主翼が見える。


「そうかな? 修治も最近知ったんじゃないの?


 桜海の身代わりが怜莉って、百音ちゃんが知らなかったから」


 溜め息を吐く修治。


「桜海くんが東京から戻ってくる一年前。1999年に私と梶さんが『中央』に所属している。怜莉くんが『所属』したのは2003年。時間が空いては不自然でしょう」


「講堂を無料塾にする話も、弟の保護役も修治に任せた。訊いちゃった百音ちゃんは放っておける性格してないよね?」


「しかし私に任せられていた『アダム役』はいつの間にか、怜莉くんに変わっていました」


 考える梶。


「梶さん。傷付きませんか?」


「……此処迄来たら煮るなり焼くやり自分でする。見て見ぬふりをしてきた『罰』だと思う」


「2001年9月。貴方は代表に、まりかさんの不在の理由を訊ねた。しかし誰もまりかさんを思い出せなかった」


 音も無く息を吸って、吐く。視線を端にずらして、目を閉じる梶。



 2000年9月。


「ニューヨーク?」


 明るい声が遠くの海と砂浜に響く。海辺を見渡せる位置も夏と変わらぬ気温のまま。


「嫌だ。オレ、行きたくない。しかも誕生日」


 梶の隣、石のベンチにハンカチを敷いて座るまりか。


「翻訳の仕事でね。どうしても向こうでやりとりしないといけない相手が居てさ」


「あたし、お母さんの仕事にくっついて行った事あるの。また行きたいんだ」


「お母さん、何の仕事してるの?」

「オルゴール作る仕事。可愛いのいっぱいあるんだよ。梶さんは何で行きたくないの? 元カノでも居るの?」


 組んだ膝の上で頬杖を吐く梶。オリエンタルブルーの長いシャツの裾がまりかの足許で揺れる。


「日本の外に出るなら『中央』で学んだ事を一切思い出さない様に云われてね」


「え? どういうこと?」
「だよね。まりかちゃんが一緒に来てくれるなら思い出す暇ないかもしれないけどさ」


「行きたいな。来月だよね?」


「軽いね?」


「向こうで買ってもらったケーキ屋さんのオルゴールね。梶さんの誕生日プレゼントにどうかな? あたしとお揃い」 


「気に入ってたんだ」
「うん。木製の卵型でうさぎ座が彫ってあって、曲はハッピーバースデー」
「じゃあ、オレはお礼にクリスマスプレゼントでも買う?」
「今日、誕生日のお祝いしてもらったばかりだし」
「早く云わないから。大分過ぎてるし、プレゼントもランチになっちゃったし」
 下ろした茶色の髪を潮風に靡かせて、離れた波打ち際を見るまりか。長袖の黄色いオフショルダーのワンピースがはためく。


「何でもない日おめでとう」


 梶の言葉に笑うまりか。


「クリスマスはコートが良いな。梶さん、あたしに何色を着てほしい?」
「いきなり値段上がってない?」
 梶の反応を見て、微笑むまりか。まりかをじっと見ている梶。


「緑かな」 



「一緒に行けないと云った本当の理由。実際に行かなかった理由。さっき、修治に話した友人の話。


 日本以外で『印章』を学ぶと起こる『ジンクス』の話。日本に居てもジンクスは避けられないかもしれないと疑っている事。


 だから、これから先も一緒に居られないと全部クリスマスに話した」


「仲直りは?」 


「年末にカレンダーを持ってきてくれて」
 片手で顔を抑えながら、目を瞑る梶。

「あたしね。梶さんが原因で死ぬなら嬉しい」


 手前のデスクに座っている梶の顔を覗き込むまりか。


「大丈夫ですか」


「良いよ。昨日、散々泣いたから」
 梶は心配する國村を向いて「うん」と一度頷く。


「……まりかさんが亡くなった日迄、貴方以外、誰もまりかさんを思い出せなかった。


 其の様な記憶の消去が何故、一斉に行われたのか。何故起こったのか。誰に忘れさせられていたのか。


 桜海くんしかいない。


 大勢の記憶を操作出来る13番目の印章の持ち主。


 『ラスボス』という人達も居る程です」


「あのちびっ子がラスボスねぇ。その替え玉『アダム役』が怜莉ねぇ……」


「これから会いに行くのは、代表を始めとする『中央派』と思想を反する『東睡派』。椿瑠さんのお弟子さん達。


 『アダム』と『イブ』が生まれ、出会う事をひとつの流れと考えている。

 


 二人は干支の書の傍で生まれる。故に支配の円と管理しやすい街を作った」


「だったら残念な土産話になるのかな」


 顔が見ない様に空を向く梶につられて、上を見上げる國村。


「上空の支配の円。去年辺りから、県内全体に広がってるんだよね?」


 空港の高い真上。着陸し始める飛行機のレドームが薄い膜に一瞬触れる。同時に澄んだ宙に水面波が起きて、キラキラと海に落ちるごとく滑走路に沈む機体。


「『支配の円』って完全に鳥籠じゃん?」


 梶は重ねる様に一言を足す。



「『彼』『アダム』の気持、ちょっとは分かるんだよね。『彼女』が泣いてしまう世界なんて『自分ごと』いらないって」


 國村は会話の間、空港デッキ全体を包み、発動させていた『秘匿』の影響力を元の零に近い状態として、自分の中に収めていく。


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