【小説】ラストモーメント②【短編連載】
八月。
夜。窓の前にある机。スマホのメールの画面。
「花火大会でした。音だけ聞きながら勉強。トーコさんは花火好きですか?」
「お疲れ様。花火は好きだよ。東京の花火、綺麗だったよ」
九月。
扇風機のリモコン。スイッチを押す。メール画面。
「日本中暑いし今年も秋はないかも。模試はA判定でした。トーコさんも文学部ですよね。四年間キャンパス同じですよね」
「今、暑いのね。模試良かったね。お疲れ様。文学部だよ。キャンパスもずっと同じ」
十月。
机の上にホットココアの半分入ったカップを置いて一息吐く維生(いお)。スマホを手に取る。
「台風平気ですか? こっちも風が強くなってきました」
「大丈夫。ただ、古い木造のせいか、たぶん揺れてないのに揺れてる気がする」
「トーコさん、マンションじゃないの?古い建物って逆にかっこいい」
「かっこいいのかな」「うん。トーコさんのそういう意外な面が好
ここまで入力した維生はメダルチャームのぶら下がったスマホを傍らに置き、ノートに突っ伏す。 (言うのは…‥会った時)
十一月。
部屋のカーテンを一度閉めて、もう一度開くトーコ。クレセントを動かすが、窓は開かない。部屋の隅の壁に凭れる。携帯電話を手に持った途端、メールが届く。
「トーコさん助けて」
トーコは文面に心臓が止まりかけた様に戸惑い、暫く考え、そして直ぐに電話番号を送信する。電話が鳴る。
「維生くん? どうしたの?」トーコの声が少し震える。
「よくわからなくなって」
「ゆっくりでいいの。説明できる?」
「帰宅して勉強を始めて、気が付いたら朝六時過ぎで。自覚がなくて。夕食は毎日絶対に食べるし、
睡眠も取っている……つもりだったのに。周りから止められるまで数日経っていたのも……気が付かなくて」
「どのくらいの間」「四日間らしくて」
トーコは静かに訊ねる。
「何年何月何日かわかる?」
「2021年11月7日?」
口元に手を当てながら壁掛けの振り子時計に目をやるトーコ。
「時間は」「12時21分?」
ベッドの端で蹲って、泣きそうになっている維生。
「合ってる。維生くん大丈夫。お願い。大丈夫って……云える?」
「……大丈夫……うん……大丈夫」維生は目頭を押さえる。
「……明日も電話していいですか?」
「うん。話したい」
電話の向こうでトーコもまた膝を抱える。
十二月。
冷え切った自室に入り、アウターを脱がないまま、電話をかける維生。
「トーコさん、えっと……メリークリスマス」「いきなり?」トーコが少し笑う。
「受験生にクリスマスはないですよね……でもトーコさんにはある……と思って」
「ありがとう。メリークリスマス」顔を赤くする維生。
「寒いですね」「それがね。寒くないの」「えええ……良いな……東京」
一月。
メール画面を見る維生。
「体調管理も忘れずにね。応援してる」
「トーコさんも風邪を引いたりしないで」
二月。
維生は地元の会場で全学部統一入試を受けている。
合格発表に安堵すると共に様々な連絡や今後の話に忙しく、トーコに電話を掛ける時間も上手く取れない。メールを打とうとしてやめる。
リビングの座卓に次々と家族が入れ替わり立ち代わり置いていく様々な料理をお客様状態で眺めていた維生は急にリビングを出て、深呼吸をする。
「トーコさん、あのね」
三月。
不動産屋から送られてきた大学傍のアパートの間取りと写真のプリントを眺める維生。
電話に出るトーコ。
「引っ越し日、決まった?」
「契約日だけ。入居日はまだ」「そうなの」
「長かった」「うん」「そうじゃなくて……」「疲れたよね?」「そうじゃなくて……えっと」維生は間をおく。
「話の続きは入学式に」
入学式の日。古く狭いアパートの一室でスーツ姿の維生はスマホを見ながら、ネクタイを結ぶ。
会場に着くと意外と保護者同伴が多く、賑わう雰囲気に人酔いしそうになってしまう。
少しでも人気のない場所、奥まった桜が舞う木の下に移動し、緊張しながら、メールを打つ。
「トーコさん、今から入学式。終わったら、あの時のお店で
そこまで打った維生は 「あの時のお店で」という文章を消す。そして「電話します」と打ち直す。
サッシの間から陽の漏れる台所に立ち、「入学おめでとう」と返信するトーコ。
「電話……いつまであるのだろう」トーコは携帯電話を緩く握りしめた後に、調理台に置く。
式が終わり、トーコからの「入学おめでとう」のメールを何度も読み返す維生。
式後は説明会があると案内が繰り返す中、会場敷地を出ていく。トーコに電話を掛ける。
「おかけになった電話番号は現在使われて
維生は電話をすぐさま切り、発信先を確認する。間違えてはいない事に混乱する暇もない様に何度も電話を掛け直す。
「何かあったの?」と一言送ったメールもエラーで返ってきてしまう。
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