第32話.Think different.
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午前の陽の当たる怜莉の部屋で、12歳の顔をした、ひとりきりの鏡花。トートバッグから出していた[ 水野花 ]の通帳を丁寧に仕舞い込む。
昨日覚えたばかりの法律を思い出す。
【民法 第753条】【未成年者が婚姻をした時は、これによって成年に達したものとみなす。】
【民法 第731条】【女は、16歳にならなければ、婚姻をすることが出来ない。】
ローソファに座り、テーブル下にある怜莉の買った週刊誌を手に取る。セリの話していた事件が載った頁を開く。
[ A子の小中学校の同級生はA子を「見栄ばっかり張っていた」と話す。
A子、当時は古い平屋に住んでいたんですけど、豪邸の前で自慢げにバイバイするから、先生達も笑ってました。顔は整形しそうだなって思ってたし、中学の時もテストで ]
雑誌を閉じて、突として泣きそうになる鏡花。
「臥待鏡花ってどういう子なの?」とクラスメイトに訊く小学生一年生の自身が浮かぶ。
「私は何も答えられない。答えを持っているのはいつも……周りの誰か」と呟く。
濡れた睫毛をぐしゃぐしゃに擦る。バッグの中、化粧ポーチを手探りで捜す。
「理由、訊かなかったの?」
サンドイッチを食べながら怜莉は顔を上げる。
「どうして三年後? 彼女が三年待って欲しい理由、怜莉は訊かなくて大丈夫なの?」
「実際、本名も知らないから。三年経てば、云えなかった理由もわかると思うし。良いよ、三年なら。オレもその間、仕事に集中したい」
「……自棄になってない? 大丈夫?」
事務所の隣の席でコンビニのメロンパンを齧って飲み込む桜海。
「怜莉、この前からズレてる……気がする?」
自分の言葉に首を傾げる桜海。
「昔ね。オレのアドバイスじゃ役立たない悩みだろうなって、勝手に思ってさ。悩んでいる理由を訊かなくって。
だけど解決出来なくても良くって。一緒にいるから油断? してたし?
でもさ。考えている時って、ただでさえ独りぼっちだから」
怜莉は迷いつつ「今は未だ、彼女が話せる分だけ訊くべきじゃないかって」と続ける。不思議そうにする桜海。
「夏に初めて会って……再会して、一カ月経っていないんだよ」
と続ける。
「展開早くない!?」
メロンパンがはみ出した個包装を両手に持ったまま、思わず大声で驚く桜海。二切れ目のサンドイッチをランチボックスから取り出す怜莉。
「……手作り?」
「昨日、彼女が夕食にサンドイッチを作ってくれたんだ。また食べたいって云ったら早起きしてくれて。そういう風だから、桜海、あまり心配しな……」
「怜莉」
ハムと胡瓜のサンドイッチを片手に持つ怜莉を見る桜海。
「殴っていい?」
「なんで!?」
桜海はぶつぶつ云いながら、手元のコーヒー牛乳のパックを傾けて、ストローを斜めにする。
「そうだ。月曜、決まった仕事がないんだけど、オレの男友達が働いてる旅館の昼食。桜海と一緒に誘われて」
「……もしかして、りっちゃん」
「律の話題、出した事あったっけ?」
「……ファンクラブある」
目の前のパソコンで検索して、ファンサイトを見せる桜海と、暫く思考が止まる怜莉。
「……いつの間にそんな事に」
仕事を終えて、頼まれていた卵と牛乳とトマトを買ってから帰宅するりんね。誰も居ない部屋。気を抜くと鏡花の顔に戻ってしまう。直ぐに、りんねの顔に戻す。
蒼馬を見たりのお釈迦様の詩を読んでいる時間。開くドアの音。「ただいま」の声に慌てて玄関に駆け込む。
「おかえ……」
云い掛けるりんねを兎のルームウェアごと抱き締める怜莉。素直に顔を赤くするりんね。これ以上を探り合わない。正体を知られる訳にはいかないりんねと、知る日を先延ばしにしている怜莉。
「あのね。怜莉さんね。りんねは良い子って云ってくれるでしょ? 『私』も良い子だって思ってもらえる様に頑張るから」
「急にどうしたの?」
微笑む怜莉のスーツのジャケット越しにりんねは頬を寄せる。ゆっくりと目を閉じる。
月曜日。旅館のフロントで開いたノートに視線を落とす律。
「桜海は、車を停めてて」「第二駐車場でしたね。車種だけでも訊いておいていいですか」
チャコールグレーのスーツを着た怜莉は困った顔を「赤い車」と答える。
「ふざけてるんですか?」
ペンを握った手を止め、顔を上げて、怜莉に満面の笑みを向ける律。
「RX‐8」
怜莉の傍に来た、プルシャンブルーのパーカーに黒いカーゴパンツ姿の桜海が答える。
「あ。桜海さんですか。初めまして。市村 律です」
「朔 桜海です」
律と怜莉が出会ったのは、怜莉が高校一年生の春休みの時。
その二年後に怜莉は職場で桜海と知り合うものの、仕事を共にする様になったのは今年の六月以降。
怜莉が、律に、桜海の名前を教えたのは最近。桜海に、律と友達と教えたのはつい昨日。
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