【小説】ラストモーメント⑦【短編連載】


 

 トーコは「もう前に祖父母も両親も」と答える。


 しかし、トーコが既に家族を亡くしていると知って、かける言葉を捜そうとしている維生(いお)の家族皆に、
逆にトーコが心配と不安を向ける。


「レスキュー隊って危ない仕事ですよね」


 維生の母は「大丈夫、トーコちゃん!」と返す。


「私も昔、お父さんから将来の夢を聞いた時には、同じ事を思ったの。でも先輩を悲しませる事は絶対にしない、ってプロポーズの時に約束してくれて。
 ね、ハンナちゃん!」


「うん。大丈夫だよ。
 あのね。お義母さん、いつもいつも、あたしにのろけ話するんだよ? 高校時代から付き合ってるって自慢してくるんだよ? 

 それでね、大丈夫だからね?」


 ハンナが隣に身を乗り出し、トーコの両手を取り、自分の両手でぎゅっと包み、それから柔らかく微笑む。


「今日は、皆一緒だよ?」





 深夜の消防本部仮眠室。
 ベッドの上で壁に凭れて座る維生の父。


「寝てない?」同僚が訊ねる。


「北園さんと連絡取れた。
関東に釣りに行っていたって。それが、自宅が倒壊したって伝えても、あーねって。
 余裕あり過ぎて怖いんだけど? 何なの、山で暮らすと耐性つくの? オレ、未だに落ち着かないんだけど」


「いや、お前は落ち着けよ。あと静かに」と維生の父は呆れている。


「無理無理。あの人、肝座り過ぎってレベルじゃなくて、逆にオレの心配してきたんだけど?」


「そういう人だよ。しかし相変わらず悪運強いな」


「あれ? 知り合い?」


「殴られた事ある」


「……何で?」


 父は立てた膝の上に肘を載せて頬杖をつく。



 


 自販機スペースに移動する二人。
 取り出し口に落ちたミルクティーを同僚が渡す。


「北園さんも河瀬と同じ役割の役って字でマモルって読むじゃん。糸扁(いとひら)地区ではよく見る名前だけど何か伝統的な奴?」



「人柱に付ける名前だよ」 



 父はミルクティーの缶を開けて傾ける。



「糸扁は毎年の様に山の事故が起きて、毎年の様に死人が出た。


 まともな人達は山から出ていく。


 我に返れない人と、行き場がないと諦めた人が残る」


 

 怪訝な顔をする同僚。



「あの世に連れて行くなら自分以外にしてくれと人柱の目印に、村に産まれた子供達に『役』(マモル)と名付け始めた」



「誰がよ」
「村の偉い人達」
「親はよく承知するね?」
「納得出来ない親なら出ていくよ」 


「それで、それさ。何の話? 今日は怖い話、やめてほしいんだけど?」 


 更に怪訝な顔をし、拒否を示す同僚の頭を父は小突く。


 日付が変わる。「よりによって昨日とはね」と父は呟く。





「えええ」
 維生が自分の部屋に入るなり、変な声を出す。


 綺麗に片付けられた維生の部屋のベッド横には、布団が敷かれてある。


「トーコさん、僕、下の和室に行きます」
 バッグを肩に掛け直す維生の肘をトーコが掴む。



 窓際を向き、ベッドの中にいるトーコ。
 維生は背を向けて布団に寝てはみたものの長い間、眠れずにいる。


「トーコさん。地元、こっちだったんですか」


「うん」


 維生は背を向けたまま「起きていたの」と訊ねる。


 そして返事を待たず


「東京に居たんじゃなかったんですか」


と訊くと、今度はトーコが直ぐに


「居た」


と返す。


「一年と少し」



 暗がりの中、トーコはベッドから体を起こし、マットレスの縁に座る。爪先が布団に触れる。


「長い運転で疲れてない?」
「それより目が冴えて」起こした上半身をトーコに向けて答える。



「三月の終わりに弟から手紙が来たの」



 維生は布団の上に座る。



「弟の字でもなくて言葉遣いも違う。

 内容も要領を得ない。悪戯と思っていたら、また手紙が来て。

 無言電話も。バイト先のお店にまで。それからの手紙は三日おき」


「……そんな事になってたなんて。なんで相談して……くれなかったんです……か」


 だんだんと声も顔も自信なさげになる維生。
(……どうして) (……なんで頼ってくれなかったの)


 トーコは首を振る。


「内容を私なりに読み解いてみたら脅迫だった」


「脅迫って」


「私と実家に居る弟に対しての。だから五月の連休明けに休みを取って帰省したの」


 


【ようこそ生成市】と書かれた駐車場の看板の前。


 止めているバイクが倒れそうになり反対側へとハンドルを引っ張る。
 ヘルメットを被ったままの北園役(マモル)が居る。


 夜明け前。


 グローブを外す北園の掌には赤い痣が見える。


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