【小説】ラストモーメント⑪【短編連載】

 


  

 サッシの間から、薄暗かった台所に入っていく陽に照らされていくトーコ。ソーラーパネルを搭載した携帯電話を陽に寄せる。


 調理台の上のノートに手を載せると、カタカタと食器棚が揺れ、外では車のエンジン音。


 豪雨に似た異音が何処かしら遠くより響く。


 ふと見たカレンダーは【2000年5月】12日迄のマスには、その日が終わった目印として✘が書かれている。


 異音は後方の気配と共に大きく近くなっていく。


 トーコがノートから手を動かすと黒い携帯電話があり、そしてメダルチャームに触れる。


「……え」


 音は背後に迫りながら激しく鳴り続け、振り返った時にはもう遅く、今迄にあったはずの何もかも、


 そして直前の居間の天井も壁も砕き飲み込み、轟音と共に真っ黒な濁流となり、トーコの目前に現れる。



「死ぬなんて思わなかったの」 



 トーコが言う。


「私のせいかもしれない。ただの偶然なのかもしれない」


「でも皆死ぬなんて思わなかったの」


「トーコさん。落ち着いて」


 維生(いお)はその場から崩れ落ちそうになるトーコの両肩を抱き止める。 


「ごめんなさい。僕、まだ自分の気持にすら追いついてなくて。トーコさんが怖い思いをした事……」


「どうして? って思っただけ」


 トーコは俯いたまま維生を見ずに続ける。


「子供だってね。何かしら事情や都合がある事ぐらいはわかる。だから、あれも幸福の形だったのかもしれない」


「ちゃんと幸せにしようとしてくれていたのかもしれない」


「だからどうして、ああいう終わり方しかなかったのかな。だから弟も云う様に、一方的に決めて押し付けないで、


 せめて、私の話は私にさせてほしかった」



「トーコさん?」


 呼びかけるがトーコは反応なく涙を落としている。


「トーコさんだって一方的じゃないですか!」


 維生が急に大声に出す。トーコは驚いて我に返る。 


「今だってよく分からない話をずっとしてるし、


 分からないけど、もしかしたら連絡出来ないとか……会えなくなるとか、そういうのあった訳でしょう? 


事情や都合があっても、

 せめて、 


 それだけでも言うべきじゃ……ないです……か?」


 維生は目を見て話し続けるが、トーコは目を逸らす。


「わからない話を……云っても仕方ないでしょう」


「だったら」


 維生はトーコを真っ直ぐに見据える。 


「どうしてトーコさんは僕に何を話そうとしているの。


 どうしてあのまま温和しく眠ったままで……いてくれなかったの」


 維生は泣きそうになるのを堪える。


「トーコさんの方が詳しいだろうけど、僕なりに東京に行ったらトーコさんと行きたい所とか色々調べて、


 中高堅い学校だったし女性ウケとか情報疎いし、そもそもトーコさん、外国語学科なら興味の対象違うかも……って。


 そういうの訊けば……良かったのに……結局、僕にも事情があって」


 トーンダウンする維生の顔をふいをつく様に「どういう事情?」と視線を合わせ、訊ねるトーコ。


「なんで、そこ拾うんですか」と返す維生。


 泣いたままの顔でふっと笑うトーコ。それから何か言おうとした瞬間に維生が先に口を開く。


「好きです」


 トーコは僅かに驚いている。


 そして暫くの沈黙の後。
 そのまま衝動的にトーコはベッドから勢いに任せ、顔を真っ赤にしている維生に飛び付いて強く抱き着く。


 維生の胸に額を押し付け、涙を落とす。


「維生くん、私、生まれて初めて……後悔してる」


 縋り付く様に泣くトーコを維生は、しっかりと抱き締め返す。



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