テクニカルもアカデミックもアーティスティックも。


 


 今すぐ来て。そうじゃないともう会わない。と云った。なんて社会性がない生き物なのだろう。


 「どうやって帰ってきたかわからない」ってたった一言添えてあるコマをただただ悲しいシーンの描写だと思ってた。「迎えに来て」って云える相手が居ない主人公だなんて考えた事もなかった。


 駅で蹲って泣いているのは私の不利だ。無防備だ。


 最悪だ。


 だってもう午後22時を過ぎている。一方的に電話を切った相手とは飛行機で1時間近くの距離。離れてる。


 いろいろ頭を回してみようとして諦める。


 どうせ来るんだ。


 私達に感情があるのは仕方がない事だ。突然の訃報を聞く事だってしばしばだ。


 こんなに悲しいのは久し振りだ。


 なのに私は明日も生きてるんだ。そのうち泣き止むか泣きやまないかは知らないけど、何度だって観た映画や漫画のワンシーンの様に、私の傍らには「どうやって帰ってきたかわからない」ってたった一言添えればいい。


 今なら未だ間に合う。彼の電話を鳴らすだけだ。もう大丈夫。大丈夫じゃないけど。大丈夫。いや無理だなって考える。


 どうせ来るんだ。


 そういう人を選んだんだ。だから遠く離れて住むくらいがちょうど良くて、近ければ意味がなくなる。きっと普通のよく居るカップルになってしまう。


 こういう時に彼が特殊な人間だと思い知る。


 明日の仕事はどうするのだろう。今週の予定はどうするのだろう。仕事関係や多くの人達に正直に謝るのだろうか。


 きっと適当にまた自分のせいにして、周りのたくさんの人に怒られて、信頼は減っていくのだろう。それでも担保があるうちはまだ良いのだろう。


  それもまたいつか無くなる。


 私が内側から削って、彼は辛うじて外面だけが残る過去の人間になっていく。


 どうしよう。考えれば考えるほど

 心地良い。


 私の一時の不安に人生を使ってくれる彼の存在が心地良い。「今すぐ行く」


 この言葉が嘘じゃないと知っている私自身の存在が心地良い。残念だ。彼の彼女が私であるらしい本当がとても残念だ。いっそ何人でも好きな人が居てくれたら良い。でもきっとそしたらきっと平等に優しくしてくれる。私の嫉妬はそこにはない。


 呼べば来る。私にとって、彼の価値はその程度だ。


 風景も背景も音も光も肌触りも事の起こりも経緯もバックボーンも私は描写なんかしたくもない。テクニカルもアカデミックもアーティスティックも飽きたんだ。しんどいんだ。期待しないで。


 感性しか生まれ持って来なかったんだ。


 彼だけはテクニカルもアカデミックもアーティスティックも私に一切求めたりはしない。でも、これから先も彼は残って、求められる側に立ち続けるのだろう。期待され続けていくのだろう。そんなとこが彼の良さじゃないのに、なんてつまらない世界な筈だ。


 でも私達の消費は賞賛だった。


 だから期待するなら彼だけにして。彼に頼んで。私には誰も何も求めないで。


 私はもう疲れたんだ。


 線路の向こうからふっと光が入る。急な寒さに気が付いて、肌がざわつく。世界が瞬で無音になる。多くの人が此方を向く姿が視界に流れる。彼の名前を表示して振動して響くケータイは多分、私の掌からホームに落ちる。 


 電車の正面のライトがやけに眩しい。正しい名前は調べれば分かる。でも私がもう調べる日は二度と来ない。衝撃と共に叩きつけて破裂する轟音といつまでも耳に残るブレーキの音。どうしてこういう終わり方しか出来なかったのかなと最期に思った。  


#彼女視点の物語


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