【小説】ラストモーメント④【短編連載】
「どうだった?」
岸の部屋のドアを無言で開けた維生(いお)はその場にしゃがみ、紙の束を置く。
「そもそも入学式のサークル勧誘ってバレたらヤバい奴でしょう」
いつものテーブルの位置から岸と芦野が蹲ったまま動けない維生を見ている。
立ち上がった芦野は維生の前に冷えたペットボトルを置いて、彼もまたしゃがむ。
「これでやっと忘れられます」
膝に載せた両腕に顔を埋める維生。芦野も岸も何も言えないままにいる。
五月。
スマホの手帳ケースからトーコとお揃いのメダルチャームを外そうと、蟹鐶のつまみを押してはやめる維生。
部屋から出ると東京に出て来て初めて、あの日以来のあの時の店に向かう。
トーコが好きと言っていたパフェを頼み、食べ終えた瞬間。
緊急地震速報が店の至る所で鳴り響き、辺りは騒然とし、維生も開いたままのスマホに視線を落とす。維生のスマホはバイブ音を立てて、呼び出し画面を表示している。
【大村トーコ】
表示された名前に唖然とするうちに電話は止む。反射的に掛け直す。
しかし、番号は使われていない旨を伝えるアナウンス。
「誤報? 揺れてないよね?」「震源地なんて読むの? いき……?」「生成(いくなり)市」周囲の会話の先に目をやる。
「此処だけピンポイントで震度6って」
維生は思わず立ち上がり、急いで店を出る。
「河瀬」
アパートを出ようとした岸の元に、維生は走り込む。
「生成市ってお前の地元じゃ…」息を切らし、維生は頷く。
岸の部屋でテレビを見る二人。
「駅や役所の様子だと被害は少なそうだけど、山側が崩れたって」
土に埋まる潰れた古い家屋の一部や大木が一瞬、映る。
「糸扁(いとひら)地区の山側は、防災都市整備の対象であり、現在は殆どが空き家であるとの事ですが」
レポーターは現場から大分離れた場所に立っているものの、その直ぐ後ろ迄にも土砂が流れ落ちている。
そして維生は土と瓦礫の間に何か光る物を見つける。(え……なんで……)
銀の丸いメダル。中央には赤いバケツのイラストと40という数字。維生がテーブルに載せたスマホに下がるものと同じ物。
「……岸先輩。車貸してください」
考えるより先に口にしてしまう維生。
「え? 免許は?」「春休みに取って……あ……」「あるなら良いよ。怪我せず他人様にも迷惑掛けず。派手に壊しても無くしても弁償してくれれば。当分乗る予定無いし」
「ありがとうございます」
維生は纏めた荷物を後部座席に置くと車を出す。(なんで……どうして……)
さほど交通に影響はなかったものの、それでも生成市に入る頃には午後7時に近くになる。
2023.05.13 09:41
繋がらないトーコの番号から残された、今朝の着信履歴の詳細に、維生は何度も何度も視線を落とす。
家族の無事を確認した後も気持がざわついて、どうやっても落ち着けない。車を糸扁地区に向かわせる。
(出来れば……現場近くに行きたい……だって絶対おかしい……)
しかし、山側に向かう道で警察官に止められる。
「ここから先は通行止めだよ?」
開けた窓の外に居る警察官に向けて、維生は必死に声を絞り出す。
「友達……が……巻き込まれたかも……しれなくて」
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