わたしが命日を決めた日。
あの日、わたしは、わたしの、命日を決めた。
ケータイに入っているカレンダーは、スクロールする度に、この世界の未来をいつまでも表示し続ける。
わたしに死ぬ理由があった日は気が付いたら、とうの昔に過ぎてしまい、鈍いわたしは周りから「死にたくなった気持もわかる」と云ってもらえた日より、長く生きて、
また春は来る。
「アップルパイ、予約したよ。お店ね。19時にしまるの。その前に受け取っておくね」
「午後の便になって、ごめん」
「日が変わる前に着くでしょう。今年もまた一緒に誕生日を祝えるね」
恋人の名前を描いてもらった、バースデープレートを恋人が大好きなお店の、大好きなアップルパイにのせてもらう。
紫色が橙色を侵食して、境目のなくなっていく空をわたしは店の前で、ただ綺麗だと思った。
遠くを流れ落ちて行く光は白く長い軌道を残して、それさえも綺麗だと思った。
恋人の乗った飛行機が墜落した、とわたしが知ったのは、一体、何年経った頃だろう。
わたしはアップルパイを大事に抱えたまま、一体、何年もどうやって生きてきたというのだろう。
どうして、わたしは、恋人のいない世界にいるのだろう。
ケータイのスクロールをふと止める。
それは何の意味もない、何の特別でもない、単なる数字の羅列で、先の未来でしかなくて、だけれども、
わたしはこの日に死のうと決めた。
なのに、その日の朝。国道で衝突した車が一台、弾みで線路に飛び出し、駅の手前。列車が止まった。
そして、わたしは構内に、そして、この世界に残ってしまう。
生きていて良かったと思える時なんて、一瞬が、何度かあるだけの、
でも、今日は誰も悲しまない日であってほしい。
そう願ううち、
何度目も、の春は来る。
わたしの命日は「明日で良いから」と伝える様に
今年もまた、春が来る。
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