【小説】ラストモーメント⑬【短編連載】




 東京。
 維生(いお)は、あの日あの時の、あの店に入る。


 吊り看板には赤いバケツのイラストの上に【スクルド】という店の名が書かれてある。


 奥の事務所に案内されて待っていると年配の女性が維生の前のソファに座る。


「写真は苦手って言ってたものね」と言い、手に持つ洋封筒を開く。


「トーコちゃん、看板娘だったのよ。


 全国ニュースになったからね、従業員もお客さん達もずっと待ってた。でも待ち疲れて、人も入れ替わっていって。


 そのうち建物も古くなって。


 だから出来るだけ明るく建て替えて、だけどメニューだけはそのまま」


 女性は維生の前に写真を二枚並べる。


 正面を見て微笑むトーコと伏し目がちに口元だけ微笑むトーコの写真。


「店の取材の時に、折角のプロのカメラマンだからって撮ってもらったの。まさか遺影になるなんてね」


 写真に目を落としていた維生が顔を上げる。


「お借りしてもいいですか」


「気に入った方を貴方にあげる」


「え」


 維生が言葉に困っていると女性は維生を見て「貴方」と言う。


「一昨年の夏にトーコちゃんとパフェ食べに来ていた子でしょう」


 維生は、一瞬驚くものの、直ぐに「はい」と答える。


「警察署から連絡があったの。トーコちゃんの直ぐ傍に落ちていた携帯電話が店の名義だった。


 あの電話はね。


 昔、私ならトーコちゃんを見つけられるかもしれないって、山に行って。偶然、貴方のお父さんに出会って。


 連絡手段を何も持ってなかったから、押し付けてきたスタッフ用の電話だったの」


 女性は微笑みながら話す。


「生成署から紛失してしまったって謝罪の連絡が来たけども、違うのよ。この世界には存在しないものなの」 


 維生は一枚の写真を手に取って、静かに切なげに、トーコに微笑みかける。



「こういう形とはいえ、トーコちゃんが自由になれたのは、あなたがいたからでしょうね」




 アパートの維生の部屋の机の上には写真立てがある。


 その前には傷だらけになっているメダルチャーム。


 維生は自分のメダルチャームをこつんとぶつけ、「いってきます、トーコさん」と話しかける。


「河瀬、バイト」芦野が乱雑に音を立て、ドアを開ける。


「……芦野先輩。ドア壊れる……」


 維生がスニーカーを履いている間、芦野はトーコの写真を眺めている。 


「トーコさん、美人だよな」


「実物はもっと美人ですよ?」


 維生と岸野がアパートの入り口を出ようとすると車から降りてきた岸と会う。 


「河瀬、何よ?」


「いや、いろいろと思う事があって」


「え、何?」


 維生達の目の前の歩道を学生が騒がしく過ぎていく。


「ここら辺って煩いですよね?」と維生が問うと「今更?」「学校傍だし、いつもの事だろ」と岸と芦野が次々に答える。


「近いうちにスカイツリーの近くに出来た新しいカフェ、行きませんか?」


「だったら適当に女子何人か誘っておくわ」と芦野が返すと維生は「えええ……芦野先輩、適当に誘えるって」って驚く。



「芦野と一緒に居て、芦野がモテるのに一年も気付かないとは……」と岸が呆れる。


「河瀬、とりあえずバイト」


「あ、はい」 


 歩き出した維生の首元でメモリアルペンダントのチェーンが揺れ、光っている。




 【完】

何度推してもいいボタン

わんわん数: 705